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佐田岬ミュージアム(郷土館)オープン

2023-12-07 08:16




 
展望台からの左、宇和海、右、瀬戸内海

町見郷土館の学芸員、高島さんと、郷土館スタッフの方。


2023年(令和5年)8月5日、佐田岬ミュージアムがオープンした。佐田岬半島のちょうど真ん中辺、メロディーライン(国道197号線)の堀切大橋の手前。道の駅、瀬戸農業公園跡地に建てられた3階建て、眺めの良いロケーションである。3階の展望台からのパノラマは、宇和海、瀬戸内海が同時に一望できる、日本一細長い佐田岬ならではの絶景である。

宇和海沿いの廃校となった町見中学校を利用して、活動していた町見郷土館が移転され、町見郷土館時代に集積、研究された郷土の、生活用品、文化財、歴史的発掘品、貴重な資料などが、要領よく展示されていて、佐田岬半島の歴史や住民の生活、風習、文化が一覧できる。
佐田岬ミュージアム、その前の町見郷土館を、地道にここまで充実させた背景には、学芸員として、香川から赴任された高島さんの功績が大きい。そして、高島さんをサポートしてきた、見つけ隊の活動も見逃せない。











併設された写真館には、昭和初期の佐田岬半島の生活や風景を撮り続けた新田 好(よしみ)氏の写真が展示され、昭和生まれの人々の郷愁を誘っている。



2階(ヨーロッパ式では1階)のミュージアム受付のフロアは、広いスペースとなっており、瀬戸内海に向かって大きく窓がとられ、明るい日差しの中、椅子が据えられ、誰もが自由に休息できるようになっている。ミュージアムの受付の後ろの隅には、ミュージアムグッズが置かれている。
また、このスペースは、パティションで区切られるようになっており、会議室として貸し出しができるようになっている。同フロアには、カフェも入っていて、ベーグルが人気である。

 
 

1階(ヨーロッパ式グランドフロア)はテナントとして、’藍染の製品売り場。ここでは申し込みをすれば、藍染め体験ができる。




佐田岬半島ミュージアムに関しては、地元の人々にとって、手放しで喜べない面が残念である。ミュージアムそのものは、残すべき佐田岬半島の歴史として申し分なく、そして残すべきものであると確信している。
問題は、その建物の利用に関して、不満の声を時々耳にする。
伊方町として、観光促進、地元の経済発展の指針をたてたものかもしれないが、地元の人々の総意とかみあっていないと思うのは私だけではないようだ。
ミュージアムは同時に道の駅の機能を残すと聞いていたが、道の駅の機能は単にトイレの設置だけだったようだ。
道の駅は地方自治体と道路管理者が提携して設置し、国土交通省に登録された官民連携のプロジェクトと説明され、以下の3つの機能が基本とされている。

1)道路利用者の休憩機能
2)道路利用者及び地域の人々の情報発信機能
3)道の駅を核として、その地域の町同士が連携する地域の連携機能

自治体として最たる目的は、ドライバーへの利便はもちろん、それ以上に地域振興のための、観光促進や、地域物産の情報にあるのではなかろうか、道の駅の魅力は、旅人にとっては、ドライブの途中で、ちょっと休息できる場所、そしてその土地、人々に触れる機会がある場所、さらに、地方の物産や、食を楽しめるところ。
地元の人々にとっては地元の特産や産業をアピールでき、地域の情報を発信でき、そして観光客やドライバーとの触れ合いによって、外の空気に触れる機会があること。

道の駅農業公園は廃止されたのだろうか?そうした情報不足も人々の不満の声になっている。
今後、自治体が本来の目的、そして、多くの地元、ツーリスト、ドライバーの声を聴き、必要欠くべからず施設ととして発展していくことを望みたい。






佐田岬半島最高峰 伽藍山ピクニック

2023-03-02 16:29

伽藍山は細長い佐田岬半島の先端に近い、三崎港を見下ろす佐田岬半島最高峰の山。最高峰と言っても、標高413.6m。頂上に展望台があり、かつては、小学校の子供たち、また、保育園児の遠足の場所だったそうだ。集落はほとんど海岸沿いにあるので、子供たちにとって、標高414mは、山に住む人たちの1000m級の山登りに等しいのではないだろうか。今日、頂上までの道は舗装され、また遊歩道もあり、眺めの良い観光名所(?)というには、あまり知られていないが。


頂上の展望台の脇に、大きな風呂桶のような穴がある。なんだろう?と思っていたら、友人が、戦時中、4,5人の男が中にはいり、戦闘機が来たら、音の反響でどの方角から来ているかを知らせるためのものだったと教えて頂いたそうだ。また、古くはのろし台があり、宇和島藩の参勤交代の船の進行状況などを伝える役目をはたしていたとか。

展望台からの願望は、佐田岬半島の先端の地形がみられ、三崎港の湾、そして、その先の、九州一帯の地形が見渡せる。宇和海と瀬戸内海が同時に一望でき、冬の海の瀬戸内海側の荒波、宇和海の穏やかな海が一目瞭然に体感できる。瀬戸内海側の先には中国地方、山口県の一帯が見渡せる。

3月初め、伽藍山展望台の手前には、農業体験地があり現在は荒れ地になっていたが、道すがら、梅の並木があり、まさに見ごろを迎えていた。本当に、’にほい起こせよ梅の花、菅原道真の句が浮かんでくる香りに包まれていた。

今はどこでも一面の菜の花がみられるが、ここでも菜の花と、あとひと月もすれば、桜の花が一面に見られるだろう。展望台周辺にはソメイヨシノが植えられていたが、佐田岬半島全体は3月下旬から4月初めにかけて、山桜の季節。まさに山が笑う!ぽかぽかと山のあちらこちらに素朴な山桜が咲いて見事な景色となる。

田舎暮らしの小さな非日常 音楽のサロン

2022-11-29 15:47

11月初旬の週末、’秋のサロン・音楽とお茶を楽しむ昼下がり’と題して、アトリエ・カフェ・PI・PI・でささやかなサロンを開いた。クラリネット、キィボード、そして、ヴィオラの優しい響きが、部屋いっぱいに広がった。クラリネットの菊池さん、キィボードの濱田さん、そしてヴィオラの梶原さんは、手弁当で演奏を担当してくださった。3人の美しい花に加え、さらに、彼女たちのご友人である、二宮美桃園さんが、ゴージャスな花を添えてくださり、会場は華やかな雰囲気に包まれた。
田舎の小さな町や村に住む人々にとって、都会のように、日常的に音楽や映画、イヴェント、舞台などの催しがあるわけでなく、地方公演などがあっても中々見に行くことは難しい。もちろん、都会のプロのイヴェントのように、彼女たちは著名なアーティストでもなく、その筋の人たちに評価される機会があった演奏者ではないけれど、私は時々思う。巷にこんな素晴らしいアーティストがいるんだと。彼女たちだけでなく、そうした人々の演奏や芸術に出会うことがあり、驚かされることが多々ある。こんな小さな村の、目立たぬカフェで、ちょっぴり非日常を楽しめるのは、田舎ならではの、何か無償の自然の贈り物のように思える。次回はもっともっと、なかなか家から出られないおばちゃんやおっちゃんにも体験して頂きたいと思う。



初秋の小田深山渓谷 蒼い四国

2022-10-29 18:43

10月の中旬、旬の柿を求めて、小田深山方面に向かった。内子の道の駅、からりから、久万高原方面への道をたどり、道の駅、せせらぎの里から、国道52号線へ入り、くねくねとした道をひたすら、山に向かって走る。今回のドライブは二つの目的があった。一つは昨年はコロナの影響や、時期的に遅かったこともあって残念したが、国道211号線沿いにバス停のように、設置され柿の無人の駅(?)ではなく、無人の市場で100円で売られている少々難あり、つまり、農家のかたが、市場に出さないハネの柿を買うため。2,3年前までは、たくさんの柿が、無人の市場で売られていたが、残念ながら、ほとんど姿を消していた。最近のニュースで、なんとなく聞いていたが、たった100円の柿を、お金を入れずに持って行ってしまう人たちが増えて、農家の方たちが辞めてしまったという。とても悲しい事実を目の当たりにした思いだった。
そして、もう一つの目的が、紅葉の小田深山渓谷へのドライブ。小田深山は海抜750mから、1560mに位置する国有林地の中にあり、県立自然公園四国カルスト圏内に位置するという。52号線に入り、杉の林立した道をどんどんと高度を上げていく。登りきったところが小田スキー場。そして、ここから下ってゆく。




小田深山は、四国各地に伝わる例文にもれず、源平屋島の戦いに敗れた平家の落ち武者たちが難を逃れて、隠棲したという伝説があるという。明治の廃藩置県で、小田深山は官山という地区になり、戸数は13戸。当時は、‛木地師’という、木材加工の器などを作ることを生業としている人々が中心だったという。昭和なかば頃は、150世帯330人ほどが住んでおり、小学校には60人ほどの児童が通っていたそうだ。(小田深山ガイドブックより)。スキー場から下って行くと、途中に小学校跡があった。小田深山ネイチャーセンターとなっていたが、かつてここに子供たちが学んでいたのではないかと想像する。



小田深山渓谷の遊歩道は、渓谷に沿って、続いていたが、おそらく9月の台風での影響で途中から行きどまりになっていた。紅葉は、まだほんのり染まった、乙女のようにちょっぴり恥じらい、ささやかな彩をみせていた。
渓谷の水の流れにうっとりしながら、爽やかな秋の空気と風を体いっぱいに受ける。まだ、少し早いせいもあり、また、平日のせいもあって、行楽客はわずかで、みなさん、お弁当を持って河原で寛いでいた。







蒼い四国とキャッチフレーズで見ることがあるが、日本は世界の中で島で、四国は日本の中でさらに島であることから、蒼い四国の蒼は島を取り囲む海の色、海に囲まれた青い四国と思っていた。松山空港から、リムジンバスで八幡浜に向かうとき感じたことだが、山また山、美しい緑の山々が高速道路沿いにずっと続いて八幡浜まで海を見ることはなかった。そう、四国のほとんど、もちろん日本のほとんどが山なのだと実感する。小田深山に限らず、四国カルスト、面河渓国他、美しい景勝地がたくさんあるが、ほとんど山の中である。私は、佐田岬半島という、一種特殊な地形の真ん中に生まれ、わずか600mほどで、宇和海から瀬戸内海へ横断でき、また、山頂の道路からは同時に見ることができる。海が目の前にあるのが当たり前のような日々を送ってきた。そして、海に育った人々の多くが、山にあこがれる反面、海の解放感がなければ圧迫感を感じる。住む場所、そして、地形は私たちの生活、大げさに言えば人生に大きな影響を及ぼす、と久々のドライブで、ちょっぴり感じたことだった。

宇和海に伸びる岬、諏訪崎へ

2022-08-22 11:25

8月初旬、帰省した姉たちと思い立って諏訪崎にでかけた。八幡浜から宇和海に伸びる約3kmの岬。7年ほど前に、友人に誘われ途中まで歩いたことがあったことを思い出した。その時は、体力が続かず途中で引き返してしまったことを後悔する。諏訪崎の駐車場までは毎年ミカン収穫の季節に行っている。友人のミカン農家のミカン畑が、駐車場から、南側の斜面に広がり、収穫の手伝いをするために。その都度、その先まで行ってみたいとは思ったものの、とても体力も気力をなかった。
観光案内によれば、諏訪崎は、日本の森林浴の森100選、そして、四国の自然100選に指定されているそうだ。こんな身近にこんな素敵な遊歩道の岬があるのにいつも閑散としている。椿やアジサイの道、野鳥の宝庫としても知られている。
私の友人は、20年ほど前から、子供たちを連れて、野鳥の観測や、自然の散策などで、地元のボランティア団体のイヴェントによく参加したという。今日も定期的に自然や野鳥,草花の観察会が実施されているようだ。
今回初めて先端まで歩いて、その素晴らしさ、その大変さを知ることができた。



諏訪崎の駐車場から、遊歩道に入る。よく清掃され、整備された遊歩道。真夏だというのに木陰が涼しくさわやか。ただ、小さなやぶ蚊に悩まされる。途中展望台があった。お弁当を持ってこなかったことを後悔する。最初の展望台からは南側のミカンの産地、真穴や川上あたりだろうか、小さな町が見える。


さらに遊歩道を進むと二つ目の展望台は、北側にあり、八幡浜港や、佐島、佐田岬が見えてくる。ここからハイライトに入る。ちょっぴりアップダウンを繰り返しながら先に進むと、荒れた急な坂道になった。坂道の上からのパノラマに思わずみんなが叫ぶ!!この急坂を降りれば、帰路は上り坂、ちょっと引きながらも、降りないという選択肢はない。そしてとうとう先端の展望台にたどり着いた。その先に、真っ白な魚霊塔、そして先端に真っ赤な灯台が立っている。絶景!!



私たちの周りに、こんなに素晴らしい観光名所が存在し、商工会など観光課でも紹介しているにも関わらず、どれほどの人が知っているだろう。私も諏訪崎は知っていた。しかし、諏訪崎がこれほど素晴らしい自然と絶景が広がっていることを知ることもなかった。
私の勝手な感想だが、観光課はそれなりに観光推進に努力しているが、肝心なものが足りないと感じる。美しい自然、風景があって、名所があれば観光地として、認知され人が集まると本来ならそうであるかもしれない。しかし、車でしか行けない場所、観光バスも入らない場所、ならば、例えば、週末だけでも定期的に発着する市のマイクロバスなど、気軽に諏訪崎の入り口まで行けるような工夫がほしい。諏訪崎に限らず、車でも細く危険な道路の先にあるなら、交通手段制限を考慮できないだろうか。
不便さはさほど問題ではない。1,2時間バスを待つことなどは、旅行好きの人であればさほど気にしないのではないだろうか。もっとも、人が少ない知る人ぞ知る絶景!としては私は素敵だと思う?!